自然のちからで、明日をひらく。自然保護NGO 日本自然保護協会
「自然のちからで、明日をひらく。」という活動メッセージを掲げ、人と自然がともに生き、笑顔で生活できる社会の実現を目指し活動している日本で最も歴史のある自然保護NGO、日本自然保護協会。
自然のちから推進部の 岩橋大悟氏にお話を伺いました。
公益財団法人日本自然保護協会
岩橋 大悟
自然のちから推進部 部長
自然観察指導員
1983年東京都生まれ。上智大学大学院地球環境学研究科修了。上場企業での勤務を経て日本自然保護協会(以下 NACS-J)に合流。現在は、ライフスタイルと自然保護をテーマに企業と地域をつなぎ、各種企画の立案・実行を通して、企業や地域の価値向上にも資する自然保護、生物多様性の保全、自然を活かした地域づくりに力を注ぐ。
普段の暮らしが自然保護につながる社会の実現を目指して
NACS-Jについて、また目指していることを教えていただけますか。
会員やサポーター数でいうと2.5万人を超えるみなさまに支えられている環境NGOです。日本の中では比較的大きなNGOとして活動していますが、日本の人口から比べたら会員やサポーター数は1%にも満たない規模です。
もっと多くの皆さまに会員やサポーターになっていただきたい思いは当然ありますが、同時に、普段の暮らしが自然保護、生物多様性の保全につながる社会を築き上げることがとても大切だと考えています。
NACS-Jでは「ライフスタイルと自然保護」をひとつの活動テーマにしているのですが、普段の暮らしそのものが自然保護や生物多様性保全につながっている社会を作らないと本当の意味で自然保護や生物多様性保全の達成は難しいと思っています。
ライフスタイルをつくりあげるプロフェッショナルといえる存在は「企業」ですので、私たちは企業の皆さまと積極的に連携を推進しています。
企業と私たちNGOが連携することによって、企業が生み出す商品やサービスに自然保護や生物多様性保全に貢献する要素を取り入れて、それらを手に取ったその先に、実は自然保護、生物多様性保全につながっている。そんな社会を作りたいと思っています。
最近は環境問題が注目されていますが、生物多様性とは少し別物と思われている方が多いように思えます。
日本では、環境問題というと「気候変動」のイメージが先行していて、企業も「気候変動」については具体的な取組みをするところが多くなってきました。それはそれでとても良いことです。
ただ、すでに欧米では、気候変動対策と生物多様性保全は一緒に実施すべきものだと認識されています。むしろ生物多様性保全を進めることが気候変動にもポジティブに働くことが多く、逆に気候変動のみに焦点を絞った対策では地球環境にとってネガティブだという科学的なレポートもあります。
私たちNACS-Jも、生物多様性保全と気候変動対策はセットで実施していかないといけないと認識して活動を進めています。
科学の力を用いて、自然の価値や守り方を伝える
活動をする上で大事にされているポイントがあれば教えていただけますでしょうか。
山から海まで、幅広く活動しています。何でもかんでも手を出し過ぎていますね。笑
でも幅広く活動しないと、多様な自然環境が広がる日本の自然保護、生物多様性は守れません。
今、大切にしているポイントは、このインタビューのテーマでもある「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」です。先日、カナダのモントリオールで開催された生物多様性条約締約国会議(COP15)でも話題になりました。人と地球のために、2030年までに生物多様性の損失に歯止めをかけ、自然を回復させるという世界的なキーワードです。
そのうえで、NACS-Jが大切にしているのは「科学の力」です。
自然を見て「美しい」とか「綺麗」だと思う気持ちはとても大切です。私自身も山が大好きで、景色が綺麗だな、この自然を守っていきたいなと思います。
でも、人によって「綺麗」、「美しい」という感覚は違うものです。守りたいと思うきっかけは「綺麗」や「美しい」などの感情的なもので良いのですが、実際にその自然を「守る」という活動をしていく上では、やはり科学の力がとても大切です。
感情だけでは守っていくことはできない…確かにそうですね。
関わる人々の気持ちが多種多様なゆえに、保護が進まない、頓挫してしまう、といった問題は実際に起きていると思います。
この場所の自然がどう大切なのかをしっかりと科学的に明らかにして、「ここはこういう理由で大切だから、こう守っていくほうが良い」とか、「この開発はそもそも中止にしたほうが良い、開発するならもっとこうしたほうが良い」など、みんなが共通して理解できるようにロジカルに説明できないと、守りたい自然も守れません。
NACS-Jは、1951年の設立以来、科学を大切にしながら自然の価値や守り方を伝え、活動を進めています。
Nature Positive 最前線の地
現在推進されているプロジェクトで特徴的なものを教えてください。
代表的な取り組みをあげると、群馬県みなかみ町での取り組みです。ここでは、20年以上前から、「生物多様性の保全・復元」と「自然を活かした持続的な地域づくり」をキーワードに活動を続けています。日本における「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」の最前線の地と言ってもいいと思います。
例えばどんな活動をしているかというと、みなかみ町にある「赤谷の森」には、イヌワシという鳥が生息しています。翼を広げると2mほどにもなる大型の猛禽類で、豊かな森の証、生態系の頂点にいる鳥です。私たちは、国や地域の人たちと連携して、イヌワシが暮らしていける生物多様性豊かな森づくりを進めています。
かつて、日本中でスギやヒノキなどの人工林を植えた時代がありました。高度経済成長期、拡大造林の時代の話です。しかしその後外国の安い木材の流通により、今となっては使い道もなく手入れするだけでお金がかかってしまうために放置されている人工林が日本各地に広がっています。放置された人工林は太陽の光も当たらず、木はやせ細り、生きものたちにとっても暮らしにくい、生物多様性が劣化した森になってしまっています。
そこで私たちは、赤谷の森を舞台にイヌワシを指標種にして、管理の行き届いていない人工林をもとの自然の森に再生させ、生物多様性を回復させていく活動をしています。もちろん、この活動でも科学の力を大切にしており、毎年モニタリングや専門家による会議なども実施し、科学に基づいた活動をしています。
そして、守り、回復させた自然の恵みを持続的な地域づくりにも活かそうと取組んでいます。
私たちは、この群馬県みなかみ町の取組みをモデルに、日本全国で同じような課題を抱えている地域へ水平展開を目指しています。宮城県の南三陸などではすでに取り組みがはじまっています。
人も自然の一部だった
生物多様性の劣化を止めるに留まらず、回復させねばならないという危険なレベルにまでなってしまった要因は何だと思われますか。
大きな要因は、やはり経済的な豊かさを優先してきた人間活動そのものだと思います。
かつての日本人は、自然とうまく折り合いながら暮らしてきた民族でした。ときに自然に苦しめられながらも、自然を持続的に且つ上手に利用する暮らしをしてきました。人も自然の一部であり、つながりあっていることを体現した暮らしが日本にはありました。
よく言われる里山などの暮らしですね。
今はどうでしょうか。戦後たった100年にも満たない短い間に、私たちの暮らしは激変しました。結果、確かに経済的には豊かになったかもしれないけれど、私たちの暮らしの基礎であり、一番大切にしなければいけない自然を置き去りにし、気づいたらその自然、生物多様性は劣化し、もう取り返しのつかないところまできてしまいました。
2030年までに「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」な社会を実現できなければ、私たち人間の未来はおそらくそう長くありません。
ただ、前向きに捉えれば、2030年までに「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」な社会を実現すればまだチャンスはあるということだとも思います。
これが最後のチャンスだと思います。もちろんこれは日本や日本人に限ったことではなく、世界中の人たちがそういう思いで行動していかないといけません。
人がいるからこそ成り立ってきた多様な自然環境
日本は国土丸ごと生物多様性ホットスポットに指定されていますが、日本の生態系の特徴はどういうところにあると言えるでしょうか。
ひとつは、里地里山のような自然です。数百年、数千年にわたって私たち日本人の暮らしとセットで作り上げられてきた自然、生態系は、世界的に見ても特徴的で貴重なものと言えるでしょう。
自然にとっては人間がいなければいいという意見もありますが、少なくとも日本の自然環境はそうとは限りません。人がいるからこそ成り立ってきた多様な自然環境があるのです。
里地里山の自然環境は、「日本昔話」の世界を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。家があって、家の前には田んぼや畑があって、家の後ろに裏山がある。おじいさんとおばあさんが田んぼや畑を耕して、食事や暖をとるために薪や炭を山から採ってくる。長い間、そんな生活が日本では営まれてきました。
しかし今、私たちの急速なライフスタイルの変化等により、里地里山の自然も急速に失われています。
多くが都市化され、残った里山も過疎化、高齢化が進んだ地方では手入れもされず、放棄される土地も増えていると聞きますね。
「日本昔話」のような暮らしに戻るべきだということではありません。ただ事実として、そのような中で形成され維持されてきた自然環境がとても大切だということです。
世界でも里地里山が育む生物多様性の重要性は認識されており、「SATOYAMA」で共通語にもなっているくらいです。
SATOYAMA!それは知りませんでした!
もう一つ、日本の特徴的な自然、生態系をあげるとすれば、海や砂浜の自然環境でしょうか。
南北に長い日本は、寒い海から暖かい海、浅い海から深い海、海岸線も変化に富んでいます。日本の海は、世界の海に生息している生きものの約15%がいると言われているくらい、まさにホットスポットです。
そんな海や砂浜の自然環境も危機的な状況です。砂浜のコンクリート化や大量の海ごみなど、課題は山積みです。
里地里山の自然も、海や砂浜の自然も、私たち日本人にとっては当たり前にあった自然環境でした。当たり前にあるものは、その大切さになかなか気づきにくいものですが、ひとたび壊れてしまえば、戻したくてもそう簡単に戻すことはできません。回復には膨大な年月を要しますし、種の絶滅が起こってしまえば、もはや回復は不可能です。
今、日本だけでなく世界の自然環境が危機的な状況になっています。失ってしまったものをなんとか取り戻そう、回復させていこうと動き出しています。「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」はまさにこのような社会的な背景から生まれたキーワードです。
もはや「配慮」では間に合わない
私たちが事業を大きくしたい理由である「寄付活動」を通して、貢献できることを改めて教えていただけますでしょうか。
寄付はとても大切な行動だと思います。自分たちだけでは成し遂げられないことを、NACS-JのようなNGOや、その分野のプロフェッショナルな人たちと一緒に連携し、自然再生や回復を目指していこうという思いはとても大切です。もっともっと日本でも広まっていくべきだと思います。
私たちもご寄付をいただくことで、「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」な社会の実現に向けて、力強く自然保護、生物多様性保全活動を推進していくことができます。
一方、寄付だけをしていれば良いのかというとそれは違って、企業の事業活動そのものを「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」なものにしていかなければいけません。
日本の企業の多くは、「自然環境に配慮をする」や、「環境負荷をゼロにしていく」という言葉をよく使いますが、「配慮」や「負荷のゼロ」では間に合わないわけです。
「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」、つまり「マイナス」になっていたものを「プラス」にしていかなくてはなりません。そう考えると寄付だけではなく、事業活動レベルの取り組みをもっと実施していかなければ、それこそ2030年までに「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」の社会の実現はできないと思います。
衣服(アパレル業界)ひとつとっても、原材料を調達するところから廃棄するところまで、これまで自然に大きな負荷をかけてきたと思います。自然を回復させるためにはどうしたらいいのか。これまでと同じやり方では全く通用しないのは明らかです。
今、「transformation(変革)」という言葉がよく使われているように、事業活動でもこれまでのやり方をがらりと変え、しっかりと「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」なものにしていかなければなりません。
NACS-Jでは、例えば原材料の調達方法や仕組みづくりなど、企業の事業活動においてもお手伝いできることがあります。ぜひご相談いただければと思っています。
CLASS EARTHの印象
CLASS EARTHの印象を教えてください。
「Nature Positive(ネイチャーポジティブ)」を事業目的にするというのは思い切っているなと思いました。
とても良いことだと思いますが、その分、注目をされると思います。御社のアパレル事業では、原材料調達から製造過程、在庫廃棄、包装にいたるまで生物多様性保全に貢献する仕組みを考えているとのことで、応援しています。
日本自然保護協会
https://www.nacsj.or.jp/