CLASS EARTH Interview

Nature Positiveへの想いを語っていただきました

2023/07/12

“自然や環境のために行動できる人”を育てる環境教育プログラム「Project WILD」

学校や野外活動において野生生物を通じて環境を学び、“自然や環境のために行動できる人”を育てる環境教育プログラム「Project WILD」。
日本代表コーディネーターとして活躍されている、川原洋氏にお話しを伺いました。

Project WILD日本代表コーディネーター、一般財団法人 公園財団 開発研究部 環境教育推進室 室長

川原 洋

1967年11月生まれ、幼少から大学まで奈良で育つ。大阪府立大学農学部卒業後、同大学の修士課程(造園学修士)を卒業。
修士の時にオーストラリアのメルボルン工科大学に留学経験を持つ。
アメリカで年1回開催されるProject WILDコーディネーター会議に、日本代表として参加し、AFWA(全米野生生物協会)や全米各州のコーディネーターとのネットワークを持つ。


アメリカが母体の環境教育プログラム「Project WILD」ができた背景

Project WILDの成り立ちやご活動を教えてください。

Project WILDとは「自然を大切に」と理解するだけでなく、「自然や環境のために行動できる人」を育成することに取り組み、野生動物WILD LIFEを題材とした環境教育プログラムです。

全米各州の教育者、環境保全や自然保護に関わる人、野生動物管理者、企業や産業の代表者等多くの方々の協力を得ながら開発がスタートし1983年に完成。主に各州政府が中心となってアメリカ国内で普及がスタートしました。

1999年12月から2000年1月にかけて、日本で初めてProject WILDの指導者養成講習会が開催されました。アメリカから導入されたプログラムということもあって、注目度がかなり高かったように思います。多くの環境教育関係者は、この時期を「環境教育バブル」と呼んでいます。

開発当初のテキストは大型哺乳類を題材としたものが多く見られましたが、現在は身近な生き物にもフォーカスがあたり、例えば昆虫をテーマとしたプログラムもたくさん導入されています。

当初、なぜ大型哺乳類が中心であったかと言うと、経済(Money)が大きく絡んでいます。アメリカは銃社会、父に連れられて子どもでもハンティング(狩猟)を楽しみます。ゲームアニマル(Game Animal)と呼ばれるシカやクマなどの大型哺乳類が狩猟対象となります。狩猟のライセンス料をはじめ、それにかかわる莫大なMoneyが税金として州政府に流れるのです。やはりお金の力は大きいです。

しかし、過剰な狩猟、乱獲、生息環境の悪化などが相まって大型哺乳類が激減しました。狩る対象であるゲームアニマルがいなくなると、当然ながら政府に税金が入ってこなくなりました。役人たちは非常に困ったわけです。

そこで連邦政府が中心となって、持続可能な保護管理を目指す様々なルール作りが行われました。その中のひとつに「教育」があったのです

Project WILDのテキストが、大型哺乳類にフォーカスが当たっているのは、こういった経緯があるためです。遡上するサケなど商業的価値の高い生きものたちが対象になっていることも同じ理由です。

アメリカ版Project WILDのテキストは、数年に一度、改訂が行われ、現行のテキストは昆虫などの身近な生きものたちにもフォーカスが多く当たっています。「生き物に触れることで五感をフル活用しながら子どもたちが健全に育っていく」この大切さに大人たちが気付き、その注目度が高まっている証拠だと思います。

テキストは世界中で活用されているのでしょうか。

日本にテキストを導入した頃は、アメリカから初めて入ってきたプログラムということもあり注目度が高かったです。世界でも北欧のスウェーデンや、カナダ、中国、香港でも興味を持った大学の先生によって使われるようになり、アメリカ国内だけでない広がりが見られました。

現在は、アメリカ、プエルトリコ、カナダ、日本の4つの国で活用されています。他の国々は、各国独自のプログラムを開発していったのだと思われます。

Projecrt WILDのテキストの一部。
幼児向けのものや、鳥編、水生動物編、陸上動物編などがある。

何十年も昆虫を見てきたからこそ感じる生態系の変化とは

CLASS EARTHではNature Positiveをテーマにしています。生物多様性は回復しなければならない危機的状況にありますが、先生がこれまで自然を見てきて深刻になってきているなという体感はありますか?

幼い頃の私は、夏になると昆虫採集に明け暮れていました。まさに昆虫少年でした。昔は当たり前に見られた種類が、希少種になっていたり、昔は珍しかったのに、今では普通に見られる種類もいます。生息地の変化や気候変動の影響が大きいと感じます。

透き通った翅に真っ黒なボディ、金色の美毛まで、私にとって憧れのセミの1種がクマゼミでした。夏休みに田舎に帰省すると、お寺の境内にある高いケヤキの梢で鳴いています。透明の翅は、下から見上げると太陽に反射して白く見えるのです。真っ黒の体に白い翅が映えて本当に格好良い。そのクマゼミを手に入れたくて、父にせがんでタケを何本も継ぎ足して20メートルほどもある長い虫網を作ってもらった記憶があります。
当時は、シーズンに1~2匹採れればラッキーだったクマゼミが、今では1本の木に20~30匹ほど鈴なりにとまっていたりします。南方系のクマゼミは、気候変動が影響して勢力を北に拡大しているのです。

これは私の父と母から聞いた話ですが、現在、絶滅が心配されているナミゲンゴロウは、昔は本当にたくさんいたそうです。田んぼの脇を流れる少し深い水たまりに目をやると、お尻をあげてプカプカと浮かんでいるゲンゴロウがたくさん観察できたそうです。
水生昆虫の王者として君臨するタガメも、当時、川で遊ぶときは挟まれるから気を付けろ!と言われたくらいたくさん生息していました。
それが今では、絶滅危惧Ⅱ類に位置付けられています。生息環境の変化(悪化)が大きな原因の一つです。人間活動の影響なのです。


日本の豊かな多様性はもっと誇るべき

昆虫は食物連鎖の上で生態系を支えているところがあると思うのですが、日本と海外の生態系それぞれに特徴があるなかで、先生から見て日本の生態系の特徴はどんなところだと思われますか。

間違いなく生物多様性です。日本には驚くほど多様な環境が見られます。
多様な生息環境があるということは、それだけ生き物の種類も多い。

この素晴らしい日本が誇れる自然環境について、日本人はもっと知らなければなりません。自慢すべきだし誇りに感じてほしいと思います。

多様性の素晴らしさや重要性について子どもたちに伝えるときは、どういう風に伝えているのでしょうか。

例えば、子どもたちに「日本には何種類くらいクワガタがいると思うか」と聞くと、よく知っている子で10種類くらいだと答えます。実際には50種類ほどいて、亜種をいれると100を超えてきます。

なぜそんなに多いかというと多様な環境があるからです。冷涼な北海道から本州中部の高山帯、南の島々は与那国島まで広がります。

生き物、自然に対する正しい知識を持ちましょう。知っていることは大事です。知っているからこそ正しい判断ができ、そこから様々な発想が生まれてきます。


楽しみながら「自然や環境のために行動できる人」を育成するプロジェクト

テキストには昆虫や動物だけではなく、鳥や海の生き物のことまで幅広くありますね。絶滅危惧種だけではなく、環境が変化したことにより住みにくくなっている生き物もいるかと思いますが、そういったことを教育していくのに有用なプログラムはありますでしょうか。

例えば、このようなカードゲームはいかがでしょうか。
これは正解を答えるのではなく、絵から自由に発想してもらうことを大切にしています。

「あり」というお題で、絵から自由に発想するカードゲーム。
例えば「リュック」だったら「ありはたくさん食べ物を運ばないといけないよね」という発想ができる。このカードの絵も川原氏自ら描いている。

それから「みんなのトンボ池」という一番人気のプログラムがあります。

それぞれの役割(職業)を決めて(住人、工場経営者、農場経営者、クリーニング店、公園を管理する人など)池の周りに、街を作るというもの。
建物などそれぞれの配置はチーム全員が納得できるよう、話し合って進める。
すると大抵のチームが上流の綺麗な水が流れる場所に家を建て、下流には工場を建てる。上流に住む人たちの影響を考えると自然にそういう配置になる。
しかし、それぞれのチームの街を繋げるとどうだろうか。
上流にあったはずの家の上には、他のチームの川の下流が…
自分のところ(地域)だけが良いだけではダメ。全ては繋がっていて影響しあっていることがよく分かる。

このトンボ池では「最終的に川の水は海に辿り着く。そして海は全世界に繋がっているよね」というところに持っていくわけです。

自分のことだけを考えていたらダメですし、グローバルな視点が大切なのです。
今は人間が力を持ち過ぎて、色々なところに影響を及ぼすようになってしまいました。であれば、力を持つ我々人間がもっと賢く考え行動する必要があります。より広い目線で物事を考える必要があります。

循環を経験することは短時間では難しいですが、ワークショップなど遊びの中で楽しみながら体験するとわかりやすく、記憶にも残りやすいですね。

その他にも、疑似体験ではなく、生き物になりきる模擬体験Simulationをするプログラムが、Project WILDにはたくさん見られます。

その中の一つに、自分が渡り鳥になりきってトライする双六ゲームがあります。

渡り鳥のストーリーが書かれた双六を進めながら、渡ることの辛さを感じ、渡り鳥について学びを深めることできます。

例えば、渡り鳥は長距離を移動しますよね。その大変さを感じてもらうために、双六のミッションの中に数分間、両手を上下に羽ばたく場面があります。飛ぶというのは本当に大変なのです。さんざん辛い思いをしても目的地に辿り着ける鳥たちは少ない。その多くが目的地に到達する前に死んでしまいます。実際、南の越冬地まで辿り着ける渡り鳥は、2〜3割と言われています。

鳥繋がりで、ダウンベスト、ダウンコートなどは、私たちもファッションをやっていて議論になるのですが、お話しに上がりますか。

陸上動物編のテキストには、野生動物の売り買い(毛皮やダウン)がテーマになっているものもあります。私たちの豊かな生活は、野生動物の命の恩恵をいただきながら成り立っていることを考えさせるプログラムです。

アニマルウェルフェアについても、今後ものづくりをするなかで考えていきたいと思っています。使ってはいけないものは使わないというのは当たり前で、私たちが使うことによって生態系がより良くなるような商品の作り方を考えたいと思っています。
やはりそのためには正しく学ぶことが大切ですね。

Project WILDが大事にしているのは、知識と情報だけで終わるのではなくて、行動できる人を育成するということが最終目的です。行動できるというのはそう簡単ではありません。私自身も、今も果たして自然を大事にできているのだろうか?と、ふと考えることがあります。
教育するということは自分も学び続けなくてはなりません。


多様な種類がいるのは、それだけ豊かな環境があるということ。
楽しさを伝えることで子どもは自然と学んでいく。

CLASS EARTHは絶滅危惧種がモチーフになっているのですが、絶滅危惧種を保全していくだけではなく、Project WILDさんは全体の個体数のバランスをとるような活動をされていると思います。子どもたちはどう学んだら生物多様性を実感できて、大切なことだと理解できると思われますか。

私は子どもたちに色々な生き物がいることの大切さをよく話します。

食う食われる、共生、寄生など様々な関係があり、その競争に勝ったものだけが生き残る世界です。単一だと不安定で崩れやすい環境になります。様々な生きものたちが複雑に絡み合っているからこそ、安定した生態系が形成されるのです。

少し生き物からは離れますが、現在、言語もどんどん減ってきています。

部族がいなくなり、マイノリティランゲージ(部族の言葉)がどんどん消滅してしまっています。寒い地域で生活する部族の言葉に「雪」を表す言語がたくさん見られるのは、生き残っていくために必要だからです。雪の状況を仲間に正確に伝えると、多くの危険を回避することが可能となります。極端な話ですが、もし世界の言語が、たった1つに統一されてしまったら、まったく面白くないと思います。多様性があるからこそ色々な発想が生まれてくるのではないでしょうか。

生き残るために必要だからという観点では、言語も生物多様性とすごく似ていると思います。多様な環境があるからこそ学びもあるし、豊かになると私は思います。


 生物多様性のループの中に自分たちはいると実感してもらうために、私たち大人ができること。

私たちCLASS EARTHのメンバーは、元々昆虫だけを扱ってきましたが、学びとしては断片的すぎると感じていました。
多岐に渡り学びを提供されているProject WILDさんは私たちの指針となっています。
今後Nature Positiveを推進していくにあたり、教育はどんな役割を担っていくと思いますか。また生物多様性の保全回復において自然教育が持つポテンシャルはなんでしょうか。

本物の生き物に興味を持ってくれる人が増えれば間違いなく、生物多様性を重んじることに繋がっていくと思います。

次の世代の人たちに「あの頃の時代の人たちがこんなことをしたから、地球はこんなふうになってしまった」なんて言われないようにしなければなりません。未来を担う子どもたちのためにも、私たちは、もっと知識をつけて、正しい行動をとる必要があります。
子どもも大人も、本物の生きもの飼育を体験いただきたいです。

飼育(実体験)を通して、子どもは様々に学びを深めていきます。
私は幼少期にクワガタの餌やりで3回、飼育ケースをコンコンコンと叩いてから餌をあげ続けていました。別に意図はなかったのですが、いつの間にかケースを叩くと、オガクズの下からモソモソと顔を出すようになりました。餌の合図が分かるようになったのです。クワガタだって、ちゃんと学習しているということです。飼育することは、愛であり学びだと思います。

生き物にたくさん触れること、自然は知れば知るほど楽しくて、美しいし、最高に面白い。

ただ、その考えを子どもたちに押し付けるのではありません。様々な自然体験の場を私たち大人がどんどん提供することが大切なのです。子どもたちは、様々な体験を通して、自身で学びを深めていきます。面白いかどうか?興味があるのかないのか?それらを判断して決めるのは子どもたち自身なのです。

自然環境も変わっていくので、私たち大人も学び続けないといけないですね。

自然に触れた時の感動や沸き立つ感情は大人になっても忘れたくないなと思いますし、これからも大事にしていきたいです。私は、「大きな子ども!?」を目指したいと思います。


CLASS EARTHについて

CLASS EARTHの印象を教えてください

CLASS EARTHさんのように誠実に頑張ろうとしている方からは、まっすぐ確固たる想いが伝わってきます。本物の生き物に興味を持ってくれる人が増えれば、間違いなく生物多様性を重んじることに繋がっていくと思います。

そして「楽しく考えよう」ということを伝えていたら、子どもたちは賢いので自然と意識がそちらに向くでしょう。まさにCLASS EARTHさんの活動そのもの、目指すところはそこにあると感じます。だからこそ、心から応援しております。

私たちも親子に伝えられるように頑張りたいと思います。Project WILDさんとご一緒に、生き物が大好きな先生から、生き物の愛し方を知るようなワークショップがご一緒できたら嬉しいです。

Project WILD
https://www.projectwild.jp/

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